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<ノベル>
──── 発現30分前:プールサイド、審査員席近く ────
会場が大混乱に陥る、少し前のこと。
夕暮れ時のプールサイドを訪れたリゲイル・ジブリールは、カトレアに彩られた華やかな会場と、さんざめく水着姿の美女たちに、大きな青い瞳を見張っていた。
「ミス銀幕ってなに? 女の子たちがたくさん集まってるけど……」
お嬢様ゆえの大らかさで、リゲイルは「ミスコン」なる催しの存在そのものを知らなかった。ここに居合わせたのは、単にリゲイルが銀幕ベイサイドホテルを常宿にしているからである。
リゲイルの独り言めいたつぶやきを聞き止め、SAYURIが声を掛けた。
「ロイがメガホンをとる次の映画で、わたしとの共演者を選ぶイベントなのよ。銀幕市の観光キャンペーンも兼ねてね」
「……ロイ監督? 共演者……? あっ、あなた女優さんなんですね。うっとりするほど綺麗なひとだから誰だろうって、さっきから思ってたんです」
『ラスト・オイラン』を初めとするこの大女優の主演作の数々を、特撮マニアなお嬢様はまったく見ていない。したがってSAYURIがどこの誰であるのかも知らなかったのだ(注:ハリウッド進出前の若かりし頃、とある特撮映画ではっちゃけ系悪の女幹部を演じたことがあるのだが、そんな過去は文字通りのプレミアフィルムとして封印したため、知るものは少ない)。
いつもなら、自分のことを知らない相手には手厳しいSAYURIだが、愛らしい少女から美貌を褒められ、機嫌良く微笑む。
「ふふ……。SAYURIというのよ。よろしくね、リガ――さん?」
「わたしの名前を?」
「2、3日前、ここのレストランで見かけたとき、護衛の男の子にそう呼ばれていたようだったから。ロシアの富豪のお嬢様がこのホテルに滞在中だって支配人から聞いているけど、あなたのことでしょう? 近くで見ると、一層可愛いわね。エントリーすれば良かったのに」
「……そんな」
大輪のカトレアが揺れるような大女優の華やぎに、リゲイルが感動して見とれていたところ。
いつのまにやら足もとに、水着姿の白い生き物が偉そうに立っていた。前脚を伸ばして、リゲイルのミニスカートをちょいちょいと引っ張っている。
「そうよ、レッド。何でエントリーしなかったのよ! ミス銀幕を目指して、正々堂々と美を競いたかったのに」
「あらホワイト。怪獣島カニツアーぶりね。それって戦闘服?」
繊細なレースとリボンでデコレートされたスクール水着――すなわちゴスロリスクール水着という掟破りの最強萌えアイテムをお召しになっているのは、リゲイルと怪獣島探索で同チームだった聖なるうさぎ様、レモンである。
カニ三昧の冒険から帰ってきて以来、すっかりお嬢様の特撮的世界観に影響を受け、「レッド」「ホワイト」と呼び合う仲になっているのだ。
「ふふん。プールサイドの白い天使と呼んでちょうだい。別にSAYURIなんかと共演したいわけじゃないけど、あたしの美しさをみんなにわからせるために参加してみたの。絶対に優勝してみせるわ!」
「……生意気な声が聞こえると思ったら、どこかで見たことのあるうさぎね」
胸を張って勝利宣言あそばされたレモン様の耳は、すいと伸びたSAYURIの手にまたもや引っ掴まれた。哀れプールサイドのエンジェルは宙吊りにされる。
「離しなさいよ、暴力女優! 何よあたしの美しさに嫉妬して! ……ん?」
手足をばたばたさせたレモンだったが、視点が高くなったおかげで、他の参加者の様子をみることができた。
「ね、レッド。あそこにいるの、ブラックじゃない?」
──── 発現25分前:プールサイドの片隅 ────
(恥ずか、しい。目立た…ないよう、に、して…いよう)
さんざめく美女たちの群れから大きく距離を取り、西村はおどおどと周りを見回す。
怪獣島探索時に黒い服を着ていたというだけで、ごく一部から「ブラック」と呼ばれている西村は、今は、清楚なAラインの黒いワンピース水着を身につけていた。
西村もまた、ミス銀幕にエントリーしているひとりであったのだが、それは彼女の意思というわけではない。
バイト先の店長がSAYURIの大ファンで、仕切りなおしのミスコン優勝者がSAYURIとの共演権を得ると知るやいなや、西村に無断で写真つき応募書類を送ってしまったのである。西村が優勝すれば、推薦者としてSAYURI様に挨拶したり、撮影現場に顔出ししたりしてあわよくばSAYURI様とお近づきに……などという妄想に囚われてしまったらしい。
西村は店長から、「またベイサイドホテルでパーティがあるそうだよ。ご馳走がたくさん出るみたいだ。あ、プールが会場だから、服装は水着でね♪」とか何とか言いくるめられてしまい……つまり、騙されてここにいるのであった。
見れば飲みものは配られたりしているようだが、歓迎パーティのときのような料理コーナーはない。
(どう、しよう……)
とりあえずは、あちらこちらに見受けられる知り合いの視線から身を隠そうと、西村は顔を覆うようにしてプールに背を向け、壁際に張りつくのだった。
──── 発現25分前:コンテスト会場近くの洗面所 ────
カァ……。クカァ……。ククゥ……。
(あ、主……。水着など………。そんな刺激的な……………)
西村の使い魔である鴉は、自らの噴出した鼻血の海で溺れているので、まるっと行動不能である。
──── 発現直後:銀幕ジャーナル社 ────
そのときファーマ・シストは、銀幕ジャーナル編集部を訪れていた。個人的に興味を覚えた過去の記事に、もう一度目を通したかったのである。編集長の許可を得、資料キャビネットから取りだして熱心に読んでいるのは、【謎のキノコ騒動】絡みの事件の詳細であった。
この事件の元凶は、地獄から逃亡した菌類だったという。非常に凶暴だが食べたら美味しいそのキノコは様々な変異種を生み、銀幕市の人々をいろんな局面に陥れた。そのくだりは、薬剤師であるファーマの研究心を非常にくすぐったのだ。
ちょうど、カフェ・スキャンダルでのキノコスパゲッティ事件の記録に目を通していたときだった。
編集部に備え付けられた小型テレビが、臨時ニュースを放映し始めた。
ベイサイドホテルで開催中のミス・銀幕コンテストに、何かトラブルがあったらしい。アナウンサーの口調は緊迫している。
──背中にキノコを生やした3人の女性たちが、突然暴れだし周囲の人々を襲っています!
美人コンテストの出場者の背に、突然出現したキノコ。テレビ画面の映し出した光景は異様だった。居合わせた記者たちはすぐさま立ち上がり、取材をするべく走り出していく。
「……まあまあ。これがそうですの? 人に寄生するキノコだなんて興味深いですわね」
記者たちを見送りつつ、ファーマもバックナンバーを閉じた。
「ぜひ、サンプルを採取してみたいですわ。それに」
大写しになったヒスパニック系の美女は、奇声を上げて大暴れしているが、その頬はげっそりとやつれている。消耗が激しいのだ。
「あのように暴れていては、女性のみなさまに負担がかかってしまいそうですものね〜」
各種薬品をぎっしり詰めた愛用の鞄は縮小薬で縮め、いつも携帯するように心がけている。いつどんな局面で魔法薬師の出番が来るかわからないからだ。当然、今も持っていた。薬剤師の鑑と言えよう。
あくまでもマイペースな足取りで、ファーマは銀幕ベイサイドホテルに向かった。
──── 発現5分後:プールサイド審査員席近く ────
「ゲートルードさん、警備の交代の時間ですよ……って、何ですかこれ!?」
「ああ、ランドルフさん。ごらんのとおりです。この女性たちは、地獄由来のキノコに寄生されてしまって」
新しく現れたスキンヘッドの警備員をみとめ、ゲートルードは安堵の声を上げる。地獄の番人に勝るとも劣らないほどの、人を震え上がらせる異相と凄まじく膨張した筋肉を持った警備員は、キノコを背負った3人の美女を見て驚きのあまり白目を剥き――いや、彼は覚醒中のランドルフ・トラウトであったので、白目なのは最初からだった。おまけに鋭い牙も生えている。ゲートルードと並んで立てば、地獄の鬼がふたりいると思うものもいよう。
ランドルフがゲートルードと同様に特別あつらえの警備員服を来ているのは、彼にもまた、市長経由でSAYURIの警護依頼が来ていたからに他ならない。
SAYURIは、みかけは怖ろしくこわもてなのに対応は丁重で礼儀正しいランドルフをお気に召したらしく、至近距離でのボディガードを希望した。しかしランドルフのほうは、出来るだけSAYURIの傍には寄らないよう、遠巻きに警備していた。
SAYURIが近づくと脂汗を流しながら一歩後ろに下がる、というような筋金入りである。嫌いというわけではないのだが、ただただ、SAYURIのことが苦手なのだ。
今もSAYURIからさりげなく距離を置きつつも、ニコラとエルヴィラとマリエを見、不穏な表情になった。3人とも前回の美人コンテストの参加者であり、あの暴走電車に乗り合わせた女性たちだった。
「そういえばこの方たちは、確か……変なものを注射されていたような……。いや、ともかく取り押さえましょう!」
大口を開けるキノコから身をかわし、ランドルフはニコラの後ろに回った。暴れるニコラを羽交い締めにする。
しかしキノコ憑き美女の暴走を止めるのは、覚醒中のランドルフであるからこそ、難儀だった。相手は細身の女性である。あまり力を入れすぎては、身体ごとへし折ってしまう。
「ゲートルードさん、手伝って下さい!!」
「わかりました、では私は足のほうを――おっと」
空気を裂くように繰り出されるハイヒールのキックは、ゲートルードの頬をかすめた。あやうくざっくりやられてしまうところだったが、なんとか避ける。
「きゃあ! ふたりとも、気をつけてね?」
ニコラと格闘中の巨漢ふたりを見て、おろおろとマギーが言う。
「マギーさんじゃありませんか」
腕に噛みついてくるニコラを押さえ込みながら、やっとランドルフは、ここにもあの電車の中で出会った人物がいたことに気づいた。
「またアタシを助けに来てくれたのね、ランドルフ。嬉しいわ」
「……そういうわけでは。いえ、お久しぶりです。妹さんはお元気ですか?」
「ええ、あの子にも心配かけちゃって」
「積もる話は多々ありますが、それは落ち着いてからゆっくりと。ところでつかぬことをお伺いしますが」
ニコラにかまけているうちに、右側からエルヴィラが、左側からマリエが、じりじりと近づいてくる。猶予はなかった。
「なあに?」
「マギーさんはもしかしたら、お強いんじゃありませんか? 筋肉の付き具合を見る限り、只者とは思えません」
「やだわぁ。アタシはか弱いオカマよ。たしなみとして、ちょっぴりムエタイなんかやってるけど」
キシャアアアア!
突然、エルヴィラが奇声を上げ、マギーに襲いかかった。
「……きゃあああ、何するのよぉ! キェェエエエ!!!」
エルヴィラに負けない雄叫びを上げ、マギーはシャープな筋肉に覆われた脚で豪快な蹴りを放った。蹴りは脇腹にヒットし、エルヴィラは激しい勢いで仰向けに倒れた。
普通なら大理石の硬い床に頭と背中を打ち、怪我をすることころだが、そうはならなかった。キノコがクッションの役目を果たしたからである。下敷きになったキノコは、背中に押されてもがいている。
「……ああん、怖かったぁ」
身震いをするマギーに、リゲイルが走り寄る。
「だいじょうぶ、マギーさん? か弱いのに、いざとなったら身を守れるなんてヒロインの王道ね」
「ま!」
なんの嫌味もてらいもなく、そう言ってのけたリゲイルに、マギーはオーバーに両手を広げる。
「アナタってなんていい子なの! たしか、レッドちゃんっていったかしら?」
「おもにそう呼ばれてるわ。リガともいうけど」
「リガ。いい名前ね。んもう、妹のビビぐらいに可愛いわ!」
マギーはリゲイルの手を握った。その脚に今度はレモンが軽いうさぎキックをかます。
「ちょっと。なごむのは早すぎるわよ、お笑い担当! そこにマリエがいるし、エルヴィラも起きあがってきてるし!」
「美人コンテストのはずなのに、どうしてこうなっちゃうのかしらね……」
SAYURIはロイに付き添われ壁際に後退しているが、会場から出て行こうとはせずに、成り行きを見つめている。
「あの、すみません。どなたか長い鉄の棒かなんか持っていませんか?」
ニコラの拘束をゲートルードにまかせ、ランドルフはマリエに対峙した。何度も「すみません」と断ってから、マリエの両手をねじり上げている。
「そんなもの、どうするの? ……えい!」
起きあがったエルヴィラの、キノコの頭部分を狙ってうさぎキックスペシャルをお見舞いしながら、レモンは問う。
「うまく曲げて、女性たちを傷つけないよう縛るのに使おうかと思いまして。……ですが、難しいですね。プールの手すりを引きはがすわけにもいきませんし」
「それなら、SAYURIの部屋のゴージャスカーテンレールを使うといいんじゃない? 太くて曲げがいがあるわよ」
支配人が聞いたら失神しそうなことをレモンは言ったが、ランドルフは少し考えてから、残念そうに首を横に振る。
「いえ……。取りに行っている時間はなさそうですから」
──── 発現10分後:会場出入口付近 ────
他のコンテスト参加者たちは、あちらに5人、あちらに3人というふうに小さく分かれ、固まって怯えていた。前回の電車に乗り合わせた美女も多く、あのときの恐怖が蘇って、足がすくんで逃げるに逃げられないようだ。
「マギーチャンの応援に来たんだけど、大変なことになったわねン。さぁレディ達、ここはちょ〜っと危険だから避難しましょン」
ぬっ、と現れ、穏やかだがよく通る声でそう言ったのは、素晴らしく長身のピエロだった。目立つアフロヘアが誘導灯代わりとでもいうように、大きな手を悠然と振り、美女たちを見回して声を掛ける。
「会場の外にでるのなら、こっちよン。慌てずに、ゆっくりねン」
肩の力が抜けた女性たちが、そこここで、ほっと息をついている。ピエロの派手な衣装と独特な雰囲気が、緊張を解き、恐怖を緩和したのだ。
「怪我をしてる子はいないン? もし、手当が必要だったら言ってねン。アタシたちには聖なるうさぎ様のご加護があるのよン――レモンチャーン! カモーン!」
「どさくさまぎれに何言ってるのよ、ジョニー!」
羽根を出現させて飛び回りながら、マリエのキノコにもキックをかましつつ、レモンは出入口付近へやってきた。
「ああン、レモンチャンたら、見ているだけで癒されるわねン」
「まあね。ある意味、ジョニーもそうだけど」
「きゃあ、ジョニー! アタシのために来てくれたの?」
マギーまでもが駆け寄ってきて、ジョニーの首っ玉に飛びかかる(注:抱きついたらしい)。
いったい、どこでどうしてどういう繋がりがあるのやら、ピエロのジョニーは、レモンともマギーとも知り合いであるようだった。
「災難だったわね、マギーチャン。ミス銀幕のティアラが頭上に輝くのを見に来たのにン」
マギーと押さば引けの体勢(注:抱き返しているらしい)を取りながら、ジョニーは審査員席の後方を見やった。そこには表彰時に使用するための段が設けられており、優勝者に与えられる銀幕市の市章つきティアラが、カトレアの花束に埋もれて輝いている。
「そうなのよぉ。今度こそって思ってたのに。ニコラもエルヴィラもマリエも可哀想」
マギーはゆるゆるとおかっぱ頭を振る。
審査員席近くでは、なおもランドルフとゲートルードが、暴れる美女3名を気遣いながら拘束するという難事業に手こずっていた。
──── 発現15分後:プールサイド審査員席近く ────
仕方なくランドルフは、咆哮して驚かせるという手段にでた。たしかにその効果はあり、美女たちはひるんでおとなしくなった――が、一瞬だけだった。そして、その背のキノコの勢いはとどまるところを知らない。むしろ、発現直後よりも大きくなっている気さえする。
キノコの成長に引きずられるように、美女たちの形相や体型も変わっていった。華のある顔立ちのニコラの頬はくぼみ、妖艶で豊満なエルヴィラの身体はやせ衰え、マリエのプラチナブロンドは輝きを失い、甘く可憐な顔に皺が増えていく。
「ランド…ルフさん、ゲート、ルードさん、お手伝い…します」
それまで、恥ずかしさのあまり顔を覆って壁際にいた西村は、騒ぎは聞こえていたものの、事件の状況がよく掴めていなかった。だが、ただごとではない奇声と悲鳴にはっとしてプールサイドを見やり、凄惨な状態を確認した途端、羞恥心もなんのその、駆けつけてきたのである。
華奢な手を差し伸べてニコラの頬に触れた西村に、ランドルフが息を呑む。おぼろげに、西村が何をしようとしているのかわかったのだ。
「……西村さん。しかし、それではあなたが!」
西村は無言で、ニコラの頬に触れつづけた。軽い吐息が漏れ、ニコラの身体から力が抜ける。心なしか、キノコの動きも鈍くなった。
それは、西村がめったに使うことのない死神の力だった。あくまでも一時的な緊急避難であるが、暴走を押さえるため、キノコとニコラの魂を強制剥離したのである。
気遣わしげなランドルフが見守る中、西村は、エルヴィラの腕にも触れた。奇声を上げ続けていたエルヴィラは目を閉じて静かになり、キノコの牙も引っ込んだ。
「……無理しないでください。いちどきにそんなに力を使っては、あなたまで衰弱してしまいます」
「いいん、です。ここ…で止めるー、と…もっともっと、酷い…こと、になり…ますから」
マリエの額に手を乗せた西村の顔が青ざめていく。死神の力の行使は、彼女自身にも深い疲労をもたらすのだ。首を左右に振って暴れていたマリエはすぐにぐったりとなり、キノコの動きも止まったが、同時に西村もその場にくずおれた。
「西村さん!」
「まあまあ、大変」
会場に到着したファーマが、西村に走り寄って助け起こす。
元のサイズに戻した鞄を探り、栄養剤を取りだした。
「キノコに憑かれた方々に鎮静剤を打とうと思っていたのですけれど、こちらが先決ですわね」
「あたしも協力するわ! 聖なる加護で、傷ついたみんなを回復よ!」
会場中を飛び回り、レモンは愛用の杖を振るう――ポーズを取った。
ポーズだけなのは、レモンの杖は武器であって魔法対応にはなってないからである。とはいえ、聖なる加護はちゃんと本物なので、傍目にはあたかもそれが魔法の杖のように機能した。
ニコラたちは気を失ったまま、急速に美貌を取り戻していった。薔薇色の頬が戻り、匂い立つような色香が蘇り、しなやかな髪は以前にも増して輝きを放つ。
ファーマに栄養剤(注:実験済みなので安全)を打ってもらった西村の顔色も見る間に良くなり、ほどなくして立ち上がることが出来た。
「ファーマ、さん、あり…がとう、ござい…ます」
「ちょうど良かったわ、ファーマ。今、源内と珊瑚が厨房で何か作ってるの。あたし、様子見に行こうと思うんだけど、一緒にどう?」
ファーマの手、というよりは鞄を引っ張って、レモンが羽ばたく。ファーマはおっとりと頷いた。
「よろしいですわね。わたくしも、キノコを取り除く薬の調合に入るつもりでしたもの。厨房をお貸しいただけるのならありがたいですわ」
──── 発現30分後:プールサイド審査員席近く ────
「ホワイト! レッドダッシュ(注:ファーマも赤毛なので、お嬢様的にここに落ち着いたらしい)! 頑張って。きっと解毒剤を作ってくれるって信じてるわ」
リゲイルは、厨房へ向かうレモンとファーマを見送った。
「そうよン。みんな、ニコラたちはきっと助かるわ。さあ、もう暗い顔はなし! 銀幕レディは逆境にこそ輝くのよン!」
「そうね。今度こそ、素敵な一日になるわね」
逃げ遅れた参加者たちを励ましながらその安全を確保し、ジョニーは避難誘導を終えていた。マギーとともに、審査員席近くに戻り、キノコ憑き美女たちの様子を伺う。
「3人とも、こんなに綺麗なのにねン。キノコさえなければ……」
「そもそも、このキノコが問題なのよね? ……引っこ抜いたら駄目なの?」
リゲイルがあっさりと大胆発言をした。
それはランドルフも考えていたようだった。大きく頷きながらニコラのキノコに手を掛ける。
「やってみましょう。うまく抜ければいいのですが」
「あまりにも痛そうだったらやめてね?」
「ええ。慎重に行います」
ランドルフに掴まれたキノコは、びくりと身動きをした。ぐっと力を込めれば、激しい抵抗がある。どうやら『冬人夏草』の根は、思った以上に深く張られているらしい。
「どう?」
「……抜くのはあきらめましょう。女性たちの背中に穴が開いてしまいます」
「……そう。じゃあやっぱり、厨房の人たちを待……マギーさん!?」
リゲイルが言葉を切り、顔色を変えた。
――突然。
マギーに異変が起きたのである。
「あ……。ああああ。キャアアアアアーーーーーー!」
マギーは凄まじい絶叫を上げる。
その背にもキノコが――3人の美女と同じような、いや、大きさだけなら、およそ3人のキノコを合わせたようなサイズの怖ろしいキノコが現れ、牙を剥いたのだ。
(そういえば)
ランドルフは記憶を探る。
(マギーさんもあのとき、金燕会に捕まっていた。おそらくは同じ注射をされて……)
マギーだけ発現が遅れたのは、性別の違いが作用したのかも知れない。
「キエエエエエーーーーー!」
いきなりマギーは、ランドルフに向かってムエタイの技を繰り出してきた。
間一髪、手のひらで受け止める。衝撃が、ずしんと響いた。
「だめよ、マギーチャン! 落ち着いて。チャーミングなマギーチャンに戻ってン!」
なおも暴れようとするマギーの脚に、ジョニーはしがみつく。マギーは抵抗して振り払おうとし、ジョニーは全力で離れまいとする。
「マギー、さ…ん」
ジョニーが押さえているその脚に、西村はふらつきながら触れた。
「いけません、西村さん。回復したばかりなのに……!」
またも死神の力を駆使しようとする西村に、今度はランドルフが青ざめた。
「大丈…夫。だって、今日はー、素、敵な一日…になるはず、なんで…しょう? 私、間違え、てきちゃっ…たけど、みんな、には楽しん、で欲し、いから……」
女性たちとは格段の差で大暴れしていたマギーも、魂の強制剥離には為すすべもない。がくんと膝を折って倒れるまでに長い時間はかからなかった。
同時に、西村もふっと気を失う。
力の使用が限界を超えたのだ。
──── 発現40分後:ベイサイドホテル厨房 ────
――そのころ。
「源内! 美少女化ちょこを強化している場合ではありませぬえ、この非常時に!」
「どうせ憑かれるなら、キノコよりは美少女の方がいいだろう?」
「そんなもの背負って歩いたら腰痛になりますえ」
「会場の皆さまが心配ですわね。早く完成させて戻りましょう」
「とりあえず、適当に混ぜてみればなんかできるんじゃない?」
厨房は、むんと甘ったるい匂いで満たされていた。
源内と珊瑚は、おもにスイーツの材料を使用しているし、ファーマの調合している薬品も、とろりとした蜂蜜にも似た、何やら美味しそうな液体である。
レモンはレモンで、厨房の冷蔵庫から手当たり次第に野菜や果物を出して、ぶつぶつ言いながら(注:聖なる加護を込めているらしい)ジュースを絞っては混ぜ合わせている。地獄のキノコに対抗して、地獄的に健康になれるワクチンを独自開発しているようだ。
一応、総料理長はその場にいたが、どんな苦情もスルーされてしまうので、厨房の角で膝を抱えて涙ぐんでいる。
――やがて。
「わたくしの薬品は完成しましたわ。これでキノコの駆除ができるはずです」
真っ先に、ファーマが自信たっぷりに宣言した。さすがはプロフェッショナルである。
……彼女の調合した未実験の薬品は2分の1の確率で失敗し、トンデモ効果が出てしまうというリスキーなものであったとしても。
「……ううむ。どうもうまくいかんな」
「発想の転換をしたほうがいいのではないですかえ?」
源内&珊瑚組のほうは、スランプに陥ったようだった。
ああでもない、こうでもないと、怪しげな物体をこね回している。
「うぅん、あたしの健康ワクチンもまあまあの出来なんだけど……もっとこう、即効性の武器にしたいわね。そうだ、源内」
「ん?」
レモンは前脚をぴっと伸ばし、源内の鼻先に近づけた。
「コラボしましょう!」
「コラボぉ?」
「そうよ、あたしがかっこいいデザインと名前を考えるから、源内はそれに合わせて凄い武器を作って!」
「そういうのはコラボとは言わん!」
──── 発現60分後:ベイサイドホテル厨房 ────
ファーマ・シスト作【地獄のキノコに天国への階段を登らせるドリンク】完成。
レモン&源内作【エンジェルセイバー(デザインと名称のみレモン担当)】完成。
──── 発現65分後:プールサイド審査員席近く ────
「――彼女を、こちらへ。わたしが様子を見るわ。リガさん、手を貸してくださる?」
「SAYURIさん……」
目を覚ましそうにない西村に、SAYURIが歩み寄った。
──── 発現70分後:プールサイド審査員席近く ────
――ようやく。
ファーマとレモン、そして源内と珊瑚は、会場に戻ってきた。
それぞれが開発した薬品と武器を携えて。
「皆さま、お待たせしましたわ。……まあ。マギーさんにもキノコが……」
「源内がもたもたしててごめんなさいね! このエンジェルセイバーがあれば、キノコなんてさくっと根元から……うわ何よ、マギーまで! そんな大きなキノコ生やして!」
「ああン! ファーマチャン、レモンチャン! 待ってたわン。大変だったのよう」
ジョニーは涙目になってふたりに駆け寄る。
ランドルフは沈痛な表情で、マギーを見下ろしていた。
「金燕会は何かの実験体として、女性たちとマギーさんにキノコを発現させる注射を打った。私には、その目的が何なのかはわかりませんし、そんなことはどうでもいい。どのみち、考えを巡らすことは不得手ですので――ですが」
繊細な巨漢はつぶやく。低い、絞り出すような声で。
「……助けてあげて下さい。今頃は、華やかな世界で笑っているはずだった、このひとたちを」
──── 発現80分後:会場全域 ────
ファーマが作ったドリンクは、人体と『冬人夏草』を分離させた。
……副作用というか、トンデモ効果により、冬人夏草にぽん、ぽん、ぽんと、新種っぽいカトレアが花開いたのだが、居合わせたひとびとは、それを見なかったことにした。
寄生体から離れたあとも単独で暴れているキノコに、エンジェルセイバーがとどめを刺したわけだが――
レモンと源内の合作、天使の羽根に似た柄を持つそれは、なんと、美女のパワーを多く集めれば集めるほど、効果を発揮する武器だった。
使用にあたり、源内はジョニーに耳打ちする。
「あんたが別嬪さんたちを避難させてくれたそうだな。すまんがもう一度、ここに集めてもらえないか」
「どうしてン?」
「この武器は、美女たちの秘めたる力を吸収して動くようになっている。多ければ、多いほどいい」
「……。で、使うのは誰なのン?」
「レモンだが」
「まかせてン!」
さあ、レディたち。
今こそ、女の団結を見せる時よン!
ジョニーの掛け声に合わせて、参加者たちはパワーを送り――
──── 発現90分後:会場全域 ────
大団円が、訪れた。
単なる食材になったキノコは、さっそく厨房に運ばれたのだが。
総料理長がそれをどう扱い、焼いて食べちゃいましょう♪ と提案した強者にどう対処したかは、定かではない。
──── 収束10分後:プールサイド審査員席近く ────
美しい手が、頬を撫でている。
誰かの膝を枕にして、介抱されているらしい。
うっすらと目を開けた西村は、それがSAYURIであることを知って驚いた。
「無茶をするのね。もう、目覚めないかと思ったわ。ファーマさんがもう一度、栄養剤を打ってくれたのよ」
どこか哀しげな声音だった。西村はそっと身を起こす。
「……あの、ときは、申し訳、ありま…、せんでした」
「何のこと?」
「爆弾、事件の…とき、あなた、の演技が…最低、だって」
「ああ」
SAYURIは笑う。
「そう言われてどきりとしたわ。わたしの心が読めるのかと思った。だって」
立ち上がる西村に手を貸しながら、SAYURIは目を伏せる。
「本当に、わたしは最低の演技を続けているんですもの」
──── 収束30分後:SAYURIのスイートルーム ────
「ミス・銀幕コンテストは、もう行う必要はないわ。決めたの。50人全員が優勝者で、わたしの共演者。あと、リガとファーマも加えて頂戴。そして、ランドルフとゲートルードは警備員役で、ジョニーはピエロ役でね」
「あのぉー、さゆり。妾たちは?」
「エキストラのウエイター&ウエイトレスとして、その辺をうろうろしてれば?」
「OH! SAYURIと、美女・美少女・広い意味での美女計52人と、ふたりの警備員とピエロが出演する映画かい? いったい、どんなシナリオにすればいいんだい?」
「公募すればいいんじゃない? 今度は、銀幕市シナリオコンテスト。ねえロイ、わたし、審査員やりたいわ」
「……絶対、公開制にはしないからね」
──── 収束60分後:『対策課』 ────
「はい、植村です。ああ、ゲートルードさん。お疲れ様でした、おかげさまで……え? はい、はい――そうですか、それはまた……。わかりました、市長にもお伝えいたします」
──── 収束61分後:市長室 ────
植村の報告を聞き、柊市長は深いため息をついた。
「――アズマ研究所か」
銀幕市を席巻する嵐は、いっそうの波乱を見せていた。
市長の気苦労は、絶えない。
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クリエイターコメント | こんにちは、神無月まりばなです。このたびは、ミス・銀幕コンテスト会場にお越しいただき、ありがとうございました。皆様のおかげでコンテストは大成功(?)を治め、めでたく計55名の共演者が決定致しました。……ロイ監督は大変だと思いますが、そこはそれ。
★リゲイル・ジブリールさま 今回、「キノコ引っこ抜いてみる」案をお出しになったのは、リガさまとドルフさまのおふたりでした。お嬢様大胆! そして、ベイサイドホテル常宿設定に萌え。 ★ランドルフ・トラウトさま ………………素敵なかた(ぽっ)。そのご容貌と内面の対比に、胸ときめきっぱなしでした。何といいましょうか、守ってあげたい感じ(問題発言)。 ★ファーマ・シストさま 魅力的なマイペースぶりを強調すべく、失礼して銀幕ジャーナル編集部から出発していただきました。たとえトンデモ効果つきでも、大変ありがたい薬剤師さまでした。お疲れ様でした! ★レモンさま ゴスロリスクール水着をお召しになったプールサイドの聖天使さまがエンジェルセイバーを構えられたお姿を想像しますと、記録者も鼻血の海に溺れそうで(以下略 ★西村さま 身を挺しての深い愛情に感動いたしました。鼻血の海で瀕死の鴉くんは、きっと皆様寄ってたかって回復に努めるかと思いますのでご心配なく。……あれ? 結局、店長だけがラッキーだったような? ★ジョニーさま その広いお心と温かな雰囲気に、美女たちは大層救われたことと思います。ありがとうございます。レモン様萌え強調は、記録者の暴走です。スミマセン。
今回は本当にありがとうございました。映画出演、がんばってくださいましね(!)。 |
公開日時 | 2007-07-01(日) 20:10 |
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